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地元の人が語る歴史と暮らし

八ヶ岳のロマン(1)


   日時 :3月5日(水)
   話し手:水原 康道氏 (高福寺住職、小淵沢在住)

講演の様子1 講演の様子2

1.八ヶ岳とは権現岳のことだった?
・「八ヶ岳」という名称は権現岳の南一帯の小字名としてあり、赤岳など他の 山にはないので、本来、八ヶ岳は権現岳のことだったのではないか。
・古い記述にも赤岳と八ヶ岳は独立した山として記述されている。
・八ヶ岳と赤岳は祭神がことなり、信仰的には独立している。
  諏訪、茅野、原村方面・・・赤岳を信仰、その神は国常立命
  甲州、富士見方面・・・権現岳で、八雷神、岩長姫命
  佐久方面・・・横岳、硫黄岳で、石尊

2.権現岳の巨石が信仰の対象になった
巨石には神秘性があり、信仰の対象となりやすい。その権現岳には八ヶ岳とい う字名があり、「八ヶ岳」の起こりは権現岳の東側にある桧峰という石の祠で ある。この祠の祭神が八雷神、岩長姫命である。この場所から風よけのために 使う薙鎌(なぎがま)も発見された。
権現岳は昔、「八ヶ岳権現」と「桧峰」を合わせて薬師岳と言われた。八ヶ岳 権現への表玄関は大泉である。
権現岳のv字形の巨石は、狩猟が豊かだった八ヶ岳の狩猟民には、天から降っ てきた「矢」の形に見えたのではないか。つまり、矢の形をした巨石は、狩の 恵をかなえてくれる「八ヶ岳の神」「山の神」となったと想像出来る。

3.「八ヶ岳」の名前は八雷説だと考える(水原さんの説)
八ヶ岳の名前の由来には、他に、たくさんを意味する八百万説、谷間を意味 する谷(ヤト、ヤツ)説がある。 八ヶ岳の名称は江戸初期から見られる。
「八ヶ岳」の特徴
  ・桧峰(ひみね)・・・火に関わる名前
  ・八雷神(やついかつちのかみ)・・・蛇神、水、雷信仰にかかわる名前
  ・岩長姫命(いわながひめのみこと)・・・巨石信仰に関わる名前
  ・風の三郎ケ岳・・・風神信仰に関わる名前
火の神、水の神、風の神など、「八ヶ岳」の神々は異なる神が存在した。

4.「桧峰」の由来
山の神として信仰された矢の形は、同時に、落雷で切り裂かれた跡と見なさ れた。つまり、落雷によって火が起こされた場所でもあることから、「火の 峰」→「桧峰」と呼ばれるようになった。

5.「八雷神(やついかつちのかみ)」の由来
桧峰神社の祭神の一つが八雷神であるが、落雷の姿が八雷神と見立てられた。 火の神を生むことでイザナミ命が亡くなり黄泉の国に去っていった。桧峰神社 はイザナミ命の葬所であり、黄泉の国のイザナミ命の姿が八雷神である。その ことから、八ヶ岳は黄泉の国(死者の国)と見られた。

6.「磐長姫命(いわながひめのみこと)」の由来
桧峰神社のもう一つの祭神は、磐長姫命である。磐長姫命には美しい妹がいた。 醜い「磐長姫命」は八ヶ岳に祀られ、美しい妹「木花開屋姫命」は富士山に祀 られているのは、富士山と八ヶ岳の山容に由来しているのではないか。古来か らゴツゴツした姿の八ヶ岳は醜い山と見られていた。また方角的にも甲府から 見ると、南東の富士山に対し、八ヶ岳は北西に位置し、死霊のおもむく北西の 方位と重なるなど、八ヶ岳には常にマイナスのイメージがあった。