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「甲斐の森」の森つくり

森つくり講座 〜「プロから学ぶ、里山の役割と整備」


   日時: 2008年10月19日(日) AM 8:30〜PM 3:00

秋晴れの八ケ岳山麓「甲斐の森」の陽だまりで、プロの林業家依田崇さんから 里山の役割と整備について話を伺いました。

(1)講義内容

@里山とは

古来から農業は身近な森林(里山)に大きく依存してきました。 人は森林を切り開き家を建て、田畑を作り、森林資源を建築用材、薪炭、肥料 として利用することで人間活動を維持してきました。
里山に多く見られるアカマツやコナラ、クヌギ、クリなどは落葉広葉樹で先駆種 と呼ばれ森林ができる最初の段階です。自然の遷移に任せるとこれらの樹種は やがて日陰に強い樹種に負け、やがてシイやカシなどの照葉樹林等の極相林に変わります。
もちろんこれは地域や標高によって違い、標高1200m〜1300m地点にある「甲斐の森」は モミを中心とした極相林に変わる可能性が大だそうです。 人間活動が関与することで、この自然遷移を止めてきた森林が里山なのです。
今後、森をどうするか考えるとき、自然の遷移に任せるか、里山として未来永劫手入れを 継続するか判断する必要があります。

A里山の変遷

森林利用の歴史は古く、縄文時代にはすでに栗や漆の植林がされていたそうです。
やがて、人口の急激な増加によって建築用材の調達等により乱伐が繰り返され、 日本各地の森林破壊が進行し、そのため山林火災や台風被害が頻発し、何度も森林破壊と 保護政策が繰り返され、江戸時代には厳格な保護政策が採られるようになりました。
しかし、明治以降乱伐や戦争の軍需、戦後の復興による過度の伐採で日本各地の森林は 禿山になり、水害や土砂流出を防ぐためあわてて杉や落葉松を植林したのです。
そして、昭和30年代の燃料革命よる化石燃料や化学肥料の普及により人の手が加わらなく なり荒れ放題になったのです。
「甲斐の森」周辺は戦後の山火事により焼け野原になり、落葉松や赤松の植林をしましたが、 「甲斐の森」だけは植林をしなかったため、コナラやクリの2次林として姿を留めているそうです。

B里山(雑木林)の生物多様性

人間活動の関与によって遷移を止められてきた雑木林には、その環境に適応した 多くの動植物が集まり里山生態系とも言われる独自の環境を作りました。
広葉樹林は冬に葉を落とすことで林内は十分な日照が得られ、多様な植物が招き入れられ、 それに伴い昆虫や蝶が増え、食物連鎖反応の頂点に立つフクロウなどの猛禽類も生活の場 としています。山菜やキノコの多いのも雑木林です。
管理された雑木林は自然林の約2倍もの生物多様性があると言われ、絶滅危惧種の約半数は 里山が生息域だそうです。「甲斐の森」も今後手入れすることにより、多くの山野草や キノコ、小鳥達が見られるようになるでしょう。

C里山の手入れ

ここではコナラ林(薪炭林)の標準的な施業の紹介がありましたが、 手入れの結果が出るのはずっと先になるので、自然の摂理をよく理解する必要があり、 理解するには先人の知恵と工夫を参考にすることが不可欠です。
経験を積んだ人がまだ残っている今を見過ごすと、里山の復活は望めないと言えるのでは ないでしょうか。

講義の様子
陽だまりで依田講師から里山の役割と整備の方法についての講義を受ける

(2)里山の手入れの体験

昼食後依田講師より伐採の手順を学び、講師の実演後、参加者が実際に3本のクリとナラの木を伐採しました。
@ 伐採する木の選定と選定した理由の説明
A 安全な森林整備の仕方
B 伐採の方法の解説と実演
実際の伐採では安全と木架かりしないよう倒す方向の見定めと受け口、追い口の切り方に 時間をかけられました。

間伐する木の選定 間伐する木を選定し、目印に黄色のテープを結ぶ
伐採 いよいよ伐採作業に入る。まず枝がかりせぬように、倒す方向を慎重に見極める。
受口と追口 狙った方向に倒れるかどうかは受口と追口の伐り方で決まってしまう。
伐採後 伐採後切り株を見ながら受口と追口の伐り方を復習。初心者にはなかなか難しい。
伐採に挑戦 講師の指導を受けながら参加者が実際に伐って見る。3人の方が挑戦。
玉伐り 伐採後玉伐りして、林内作業車という便利なもので搬出。
参加者勢ぞろい 作業終了後、林内作業車の周りに集まった参加者

(M.T)