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愛知県足助(あすけ)町をたずねて

   日時: 2013年11月28日・29日(木・金)
   場所: 愛知県豊田市足助町
   宿泊: 丸はち(茅葺きの宿で、魚料理が名物)

足助は、近世は、中部山岳地域と太平洋岸各地を結ぶ交通の要衝として栄えていました。
信州への道は、縄文時代には諏訪湖周辺から黒曜石を運んだ道であり、 戦国時代は甲府の武田信玄などの軍兵が行き来し、善光寺参りの善男善女が利用したため、 「ぜんこうじ道」とも呼ばれました。
近世には「塩の道」として、足助で塩が詰め換えられ、 特に、各地から集まる塩をブレンドして品質を均一にした「足助塩」の販売で、町は富を蓄え、 今の町並みができあがっていきました。
1911年に、中央線ができて、交通の要衝ではなくなりましたが、今なお、足助は、周辺地域の政治文化経済の中心地です。
紅葉で有名な香嵐渓は、足助の人々が、既に明治期に、人を呼び込むために、数千本のモミジを植林して作った所だそうです。
足助の町並み保存の歴史は古く、1970年代から始まりました。
通りに面して白壁の造り、奥に土蔵が数棟連なっている重厚な景観が見られるのは、 安永四年(1775)の大火の後に防火を重視して建築したためと考えられています。
大正期や戦後のものでも伝統的な町家の形式を踏襲するものもあり、古い町並みの景観が保たれてきました。
今では、住民全員が町並みの保存と地域経済の担い手である意識を持っているように感じました。

足助1 足助2
細い路地を入ると素敵な木製の橋がありました 川(足助川と巴川)に沿って広がる足助のまち
足助6 足助10
平入と妻入が混在の町並み。まち全体で、景観づくりの意図が伺える 土蔵を改造したマンリン書店
足助11 足助3
白壁と黒の腰板が連なる街道脇の小路 歴史的な建造物の保存
足助15 足助14
川に張り出すように建てられた家並み、川沿いに続く遊歩道 足助の大商家、中馬街道が道
足助9 足助宿まるはち
足助の町は、この丸形のポスト 足助の町から山の中へ入った宿。魚がおいしかった
八ヶ岳から愛知県足助へ、なんと6時間もかかりました。
高速バス、地下鉄、バスと乗り継いで足助へ到着したのは、午後2時半。
でもこの交通の便の悪さが、足助の観光にプラスになっているようです。
不便だから、宿泊し、翌日はのんびりと観光です。
香嵐渓4 香嵐渓5
明治期に住民が植林したモミジの名所 "香嵐渓" モミジを楽しむ人々
香嵐渓14 香嵐渓7
美しい! とにかく手入れされている 茅葺きの茶とイチョウの黄色が冴える
足助の人気は町並みの景観つくりのように思います。 みんなで見つけたその一部です。
駐車場入口 新しい建物
よくある駐車場に和風の入り口をつけることでこんなに変化 昔の建物を保存し、新しい建物は家並みの調和に配慮
家の修景 家の修景1
町並みに合わせて新築した信用金庫 縦格子で周囲と調和させた、美容院入り口
家の修景2 看板
足助の看板。 屋根の上に コンビニも茶色に
消火器 トイレ
消火道具など?を隠す お手洗いとは思えない落ち着き
人口、1万弱の町に大きな宿やホテルが並び、地域の豊かさを示すという和菓子やも数多くありました。
今では豊田市になり、トヨタに勤める人が多いようですが、どっこい町並みも地域経済も強くあり続けています。
自分たちの地域を大事にしていることが伝わり、大変心地の良い足助でした。

(A.K)