ホーム > まちづくり > 景観ウォーク >

景観ウォーク

わくわくドキドキ景観探検〜大泉からの棒道(2)


    日時: 2003年5月30日

今回のスタート地点であるレインボーライン沿いのイラスト館に午前9時に集合。
今回は何を発見するかと期待に胸震わせて出発。

最初は林の中、昔の棒道を思い出させるような感じの細い道を歩く。ミズキの花が左右に見られる。天気が心配な予報であったが爽やかな風が吹く五月晴れであったから気持ちがよい。 今回は、行程4地点で景観について感想を記録することにしたことから、より観察者の気分が強くなる。家屋の構造・色調、生垣や庭園の感じ、周辺の林、畑地、遠くは南アルプスや八ヶ岳の景観を観察する。
鮮やかな新緑と爽やかな風をバックにして明るい林、南アルプスや八ヶ岳の景観はほぼ満点。
でも途中から棒道は舗装道路となって観音さまも居心地が悪そうだ。道路拡張により動かされている観音さまが多くなる。
今年、行政が整備した三分一湧水に到着して気分はさらに悪くなる。なぜか白樺の植樹。遊歩道に沿って流れる湧水路は、なんとコンクリートで固められている。何とかならないの、と思わずにいられない。「これが行政がお金を使ってやることなのよ」との声が聞こえる。
小荒間の番所跡から雰囲気はまた変わる。標高が高くなっているにもかかわらず家が多くなる。24番千手観音立像は28と29番の間にある富蔵山公園に移されていた。その公園には、多くの石仏が並べて置かれていた。道路の拡張工事で置く場所がなくなった石仏が集められたらしい。自然破壊の悲しい現実が形になっている。
今回の最終地点にある33番十一面観音立像の近くにある、ふるとま川に懸かる棒道橋の周辺は異様な雰囲気を作っていた。普段、流れる水もないふるとま川なのに、石とコンクリートで塗り固められ美観は一顧だにせず防備(効果)だけを追求している形となっている。

武田軍団が作った軍用道路が、その後になって、甲斐と諏訪間の便利な道として利用されるようになる。そして、江戸時代に入って、道路わきに多くの石仏が置かれた。安全を願っての石仏というが多くのことを願っての石仏作りだったと思う。道行く人たちは石仏の前で何を願って手をあわせたのだろうか?と思うと感慨深い。 人はいつの時代でも幸せを願いながら、なんと多くの試行錯誤を繰り返して、この社会(景観)を作ってきたのかと考えてしまう。

棒道の地図はこちら

(K.A)